おやじプレゼンツ、約 15 年ぶりの家族旅行。
10月初旬、千葉からつくばを経由し、山形へ車の旅。「山形まで車で行くのは遠すぎだろっ」と思ったが、オヤジは車の方がいいと言う。結局、ボクが運転したのは全行程のうち2時間弱、あとはオヤジが運転。。。ボクはただ、助手席に座っていた (^_^;)
<初日>
つくばを出発し、常磐自動車道・東北自動車道を経由し、ひたすら北上。渋滞もなく順調に進み、昼前に米沢に到着。お昼は、名物
米沢ラーメン を食べた(右写真)。煮干しベースの醤油ラーメンで、平凡だがおいしかった。その後、天元台高原のロープウェイに乗った。ここは百名山、西吾妻山の登山口にもなっている名所だが、残念ながら紅葉にはまだ早く、天気もあまり良くなかった。。。
その後、米沢市内へ。城下町らしい凛とした雰囲気の漂う、いい場所だった。上杉神社には、上杉謙信や鷹山公の像や、かの名言も。
米沢からさらに北上し、この日の宿、
赤湯温泉 へ。
温泉も、部屋での食事も、宿の方達の気遣いもかなり満足だった。経費に差は出ないところで客に対して気遣いができるかどうかで、宿の価値(印象)は大きく変わるもんだな、と感じた。
家族と一緒に酒も飲んで、心地よい気分で早めに就寝。
<2日目>
朝食後、宿を出発し再び北上。この日最初の目的地は、出羽三山の一つ、
羽黒山 。天気に恵まれ、残りの出羽三山(月山・湯殿山)も見えて、非常に美しかった。
羽黒山の麓から、山頂の出羽(いでは)神社を目指す。この旅で行くまで全く知らなかったが、羽黒山は荘厳な雰囲気があって、圧倒される場所だった(←ミシュランガイドにも掲載され、パワースポットとして人気らしい)。
麓から山頂までは、約1時間階段を登り続けなければならないので、そこそこしんどいが歩く価値は十分にあるように思う。特に、
五重塔(国宝)は、しばし見とれるほどの迫力があった。
山頂の社殿も立派であった。現存のものは約 200 年前に建てられたものようだが、よくこれだけのものをそんな昔に建てたものだと感心する。
お昼のお弁当を食べた後、下山。オヤジが麓から車で山頂まで先回りしてくれていたので、帰りは車でそのまま次なる目的地、鶴岡市へ。
鶴岡市は、庄内藩の城跡(鶴岡公園)を中心に、昔の趣を残す歴史ある街。何人もの著名人を生み出している。博物館で高山樗牛の『吾人は須らく現代を超越せざるべからず』という言葉を見て、中学校の担任教諭がよく言っていたな、と思い出した。
また『蝉しぐれ』『たそがれ清兵衛』などの小説で有名な藤沢周平の生まれ育った街でもある。ボクも一時期読み漁ったことがあるが、母親たっての希望で、鶴岡公園内にある藤沢周平記念館に行った。
非常によく整理されていて、藤沢周平の小説を読んだことがある人なら、楽しめる。もう一回、蝉しぐれ読み直してみよかな…。とある展示に「
市井 の人々の暮らしぶり」という項目があった。近くにいた初老の婦人が、
婦人 「ねぇ、
『しい のひとびと』ってどういう意味?」
夫 「
『しい しせい』って読むんだよ。庶民ってこと。」
と小声でたしなめられている会話が丸聞こえだった。旅の恥は…、かき捨てさせません (^_^;)
さて、この日のお宿はあつみ温泉の老舗旅館。設備は古く、前日の旅館と比較してしまうとやや見劣りする感じはあったが、料理はとても美味しく満足だった。山形は牛だけでなく、豚も旨い!
<3日目>
宿を出て、さらに北上、酒田市へ。豪商・本間家の旧本邸や、ケヤキ並木が美しい山居倉庫、映画『おくりびと』ロケ地近くの日和山公園などを見て回った。山居倉庫では、なぜか大量の幼稚園児に囲まれてしまった。
千葉・つくばからの山形の日本海側まで来た旅もこれで終了。途中、山形名物の蕎麦をいただいて、帰路についた。冒頭に書いた通り、旅の計画・車の運転はほぼオヤジ任せ。ありがとうございました。楽しい東北の旅でした。
- 衝撃波
(12.11.13)
あまり間食はしないボクが、何気なしに買ったチョコボールの新商品 →→→
なかなかの衝撃 !!
裏の成分表を見ると、
炭酸ガス とある。あの“パチパチ感”は、チョコ内側のキャンディーの気泡がミソ。きっと、圧縮された炭酸ガス(と空気 !?)が閉じ込めてあって、小さな破裂が起こっているのだろう。はて、どうやって作るのだろう?…低温でガスを入れておいて、常温に戻すのか ??
何はともあれ、興味ある方は、ぜひお試しあれ。
- 山を飛び、谷を越え
(12.11.5)
ある秋晴れの日、筑波山が間近に見えるつくば北部の街で、筑波大生が開発したという
「マイスクリーム」を食べる。甘すぎず、もちっとしていて、なかなか美味。あ〜なんと長閑な場所…だけど未だに5月の竜巻の爪痕が残っていた。
つくば道(日本の道百選)の側溝の蓋には、左下写真のような文字が書かれている。それに沿ってずーっと行くと、ある看板に辿り着いた。
うん、たしかに 茨の道 である。
- 素材を活かす
(12.10.22)
世界三大料理といえば、
フレンチ、
中華、そして
トルコ料理 。フレンチ、中華は日本でも人気があるし、たしかに美味しいので、認めてやろう(←上からアツロー)。しかし、3番目の伏兵は馴染みが薄く、しっくりこなかった。
百聞は一食にしかず、トルコ料理レストランへ行ってみる↓↓↓
山羊のチーズ入りサラダ、豆のトマトソース煮込み、ケバブ。“ラク” というアニシード(インド料理屋のレジ横に置いてあるお口直し)の香りのする蒸留酒も飲んでみた。
うーん、イマイチ。
が正直な感想。
百聞によると、トルコはオスマントルコの繁栄が物語るように、アジアとヨーロッパをつなぐ要衝であった。従って、トルコ料理は食材・調理法が多様であるとのこと。日本料理はどちらかと素材勝負というところがあるから…と「日本料理 < トルコ料理、仏、中」の理由が述べられている。日本では着飾ったオシャレな人よりも、素顔が美しい人が良しとされるのに対し、世界では個性的な服に身を包んだ多様性が評価される…こういうことだろう。(← たぶん違う)
ま、この際うまけりゃ何でもいいが、ボクはやっぱり
薄化粧の美人 がいいな。というわけで、次は
色白の美人を求めて アツロー、東北の旅へ行く の巻。
- 街づくり
(12.10.18)
某シンクタンクが都道府県別「魅力度」ランキングを発表したという。どれどれ、トップ3は北海道、京都、沖縄か。まぁ、そうなるだろうね。。。
茨城県:46位 (´Д`) ← 因みに、昨年は47位(ビリ)
おぃおぃ、アツローのウェブページを読んでから、順位を付け直したまえ!!たしかに、茨城県は所謂「観光地」は少なめだけど、その中で魅力を見つけ出すこと、楽しむことは、たくさんできるんだけどな…。
真面目な話、つくばの街作りはなかなかうまいな、と思って注目している。景観の作り方、街のシンボルの設定と宣伝、それらに関連するイベント…大金持ちはいないが、つくばという土地柄に見合った街作りの戦略を立てていると思う。
一方、ボクの実家がある千葉県の某街は、いったいどうしちゃったんだろう!? 帰省したときに家の近所をウロウロして、ボクは大いに失望した。大手スーパーが撤退し、駅前はガラガラ、ナンセンスな激安服屋やゲームセンターができたりして、
品がない。住民の一般水準を考えれば、これは街として店の誘致・調和をはかる事に明らかに失敗している。このままではイカンだろ、我がふるさと…
しかも、千葉県は茨城県の低迷ぶりとは異なり、20位と
そこそこ いい位置に付けたのに、それは千葉県じゃなくて
ディズニーランド県 でしょ、などと揶揄されるのは何とも悔しい。
というわけで、最近は少し「街作りとは何ぞや?」「誰が、どのように指揮を執ったら街を動かせるのか?」ということに興味を持っている。我がふるさとを救いたい。誰か見識のある読者の方、今度ボクと話しましょう。それ以外の読者の方、アツローが
政治家に立候補 した日にゃ、一人に付き一万円差し上げますので、どうか清き一票をよろしくお願いいたします (^_^;)
- YESーNO 枕の使い方
(12.10.13)
英語の
Yes・
No は、時として日本語の
はい・
いいえ と逆の意味になるというのは、中学校の英語の授業で口酸っぱく注意される話だ。たとえば、
"We won't have a group meeting tomorrow, right?"
「明日って、報告会ないよね?」
と聞かれたとする。
「はい、ないです」と言いたければ、英語では
No と答えなければいけない。なかなか慣れるのは難しいが、誤解されることのないように、ボクなりに実践練習してきた。
ところが、このような言い回しに悩まされるのは日本人だけではなく、
中国人 も同じようだ。そして、(少なくとも周りの中国人留学生は)“日本風に”
Yes・
No を使う。
なまじ本来の英語の言い回しを練習してきたボクにとっては、これがさらに混乱を引き起こす (^_^;)
「YES って、どーいう意味?
Yes?、それとも
イエス??」
こう聞き返して、相手をも混乱させる。会話が途切れる。あ〜、困った、困った。
- 温故知新
(12.9.16)
「つくばは、時代の最先端をゆく
サイエンスシティー であると同時に、
古代の歴史 が残る街である。」
というような事を、テレ東の「アド街天国」で言っていた (^_^;)
一体、どういうことか?
それは、こういうことである↓↓↓
つくば郊外を走っていると、だだっ広い公園がある。何もな…
ん!? と思ってよく見てみると、
縄文時代の竪穴式住居、出現 (・o・)
もちろん、これ自体は復元模型であるが、この地は比較的大規模な貝塚や土器、住居跡が出土した遺跡らしい。竪穴式住居の中に入ることもできる。
「如何に世の中を変える研究をするか?」と最先端のことを考えていても(←ホントか!?)、数時間後には竪穴式住居の中に入り、数千年前に生きた縄文人に想いを馳せることができる(笑)つくばは面白い!
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Last modified 12.12.25