Angewandte Chemie という学術誌がある。
ドイツの化学会誌 で、アメリカ化学会誌(J. Am. Chem. Soc.)と並び、化学分野では最もインパクトの高い雑誌とされている。
そんな Angewandte Chemie の最新号(電子版09年12月3日)の
表紙 が目に留まった。
バイオリン の上に何やらよくわからん
構造式 が描かれたイラストだ。いったい何の記事だろう…と思って読んでみた。
ストラディバリウス (Stradivarius) をご存じだろうか。音楽に多少興味のある人ならすぐにピンと来ると思うが、イタリアの弦楽器職人
Antonio Stradivari が作成したバイオリンだ。何でも他のバイオリンとは音色が違うらしく(これはボクにはわからない)、
数億円 で取り引きされるという、大変希少価値の高いバイオリンだ。Angewandteの表紙となった記事は、なんと、このストラディバリウスが主役であった。フランスとドイツの研究チームによる報告だ。
「なぜ、ストラディバリウスが他のバイオリンと一線を画すのか?」
これはとても興味深い謎だ。これまで、ストラディバリウスの音色の秘密は、バイオリン本体の木材に塗られた
ニス にあると考えられてきた。そこで、筆者らは実際に複数のストラディバリウスの表面を非接触分析して、
ニスの成分を解析した。その結果…
『ストラディバリウスの
ニスの成分は、当時汎用されていた
ニスの成分と
同じ』(゜_゜;)
つまりストラディバリウスには、他のバイオリンと何ら変わらない材料が使われていたのだ。…正直、結果は期待はずれ(きっと筆者らも、新しい
ニスの成分を発見できると思っていたに違いない!?)だ。しかし、今まで何となく信じられてきたストラディバリウスの音色の秘密を
白紙に戻した という意味では、報告の価値は大きいだろう。
それにしても、こういう研究をしている音楽家・科学者がいることに驚くと同時に、このような研究成果が化学のトップジャーナル(Angewandte Chemie)に載ったことにも驚いた。実際のところはわからないが、こういう論文が果たしてアメリカ化学会誌に(J. Am. Chem. Soc.)受け入れられただろうか。
さすがヨーロッパ。
だが、この記事を読んだだけでは、ストラディバリウスが奏でる音色の真の秘密は何なのか、よくわからない。そもそもブランド価値を除外して、ストラディバリウスの音色は本当に他のバイオリンと違うのだろうか?と、誰もがそれらの疑問に興味をそそられるところだと思うが、筆者らは論文の最後を次のように締めくくっている。
「ストラディバリは“秘密の”独特なニスを使っていたわけではない。
彼は真に優れた、特に木材の塗装に秀でた、バイオリン職人であったのだろう。」
いやはや、まさに
「弘法筆を択ばず」である(木材は吟味していただろうけど)。化学の学術誌を読みながら、少し心が豊かになった気がした。たまには、こんな論文もいいではないか (^o^)
- 遠くを、見る。
(09.7.8)
研究室の人と話をしていて、ある問題を思い出しました。
「浜辺など何も障害のない場所から地平線を見たとき、自分の立っている場所から地平線の果てまで何 kmあるか?」
だいぶ遠くまで見えますよねぇ。50 kmくらい?それとも100 km?? まぁ時間のある人は、下図をヒントに、少し自分で考えてみて下さい。。。
(注:女の子の絵は無意味です。こんなにデカかったら、地平線どころか、地球全体が見渡せます。)
…わかりましたか?自分から地平線の果てまでの距離は、図で示した
接線の長さ x に相当します。xの値は、
三平方の定理 を使えば簡単に求められます。
地球の半径は
約6400 km(Wikipedia等ですぐ調べられます)ですから、自分の身長を簡単のため
2 m (0.002 km) とすると、
x2 + 64002 = (6400+0.002)2
という関係が成り立ちます。これを計算すると、なんと
x = 5。つまり地平線の果ては、実は自分の立っている場所から 5 km 先の地点ということになります。一般の人は2 mも身長がないので、もっと近くまでしか見えていません。え〜、そんなに近かったの!?と、少し不思議な気分になりませんか?
因みに、地平線を眺めているアツローは、図としてわかりやすいよう
身長1730 km としていますが、地球の縮尺からすると、ホントは
数ナノメートル のオーダーで描かねばなりません。無理だけど。
この問題は、ボクが高校生の時、物理の授業で出された宿題です。物理教師
スガエモン はメチャメチャ個性的な人で、
「受験勉強なんて、自分で勝手にやりゃあいい。」 (◎_◎)/
と言いながら、この類の問題や実験をひたすらやっていました。当時のボクは、受験に何の役にも立たない…と思い否定的な態度を取っていましたが、今考えると、この先生が何を伝えたかったか、少しわかるような気がします。
これくらい、自分で調べて、考えられるようになってちょーだいよ。
先の問題の一つ前の宿題は、たしかこうでした↓↓↓
「人工衛星などで地球を宇宙から眺める技術がなかったとして、地球が丸いことを証明せよ。」
さて、みなさんならどんな答えを導き出しますか?
- Save the Earth
(08.12.20)
あまり本サイトで研究のことについて書くつもりはないのだが、少しだけこの前参加したサンフランシスコでの学会で感じたことを書こう。
その学会は阪大が主催のシンポジウムで、
エネルギー問題をテーマにUC Berkeley, Caltech, MITの超名門3大学+阪大化学系が中心となって討論する、というものであった。非常に興味深い企画で、何人ものbig-nameの教授の講演を聴いたり、色々な研究室の人達と交流したりした。参加することができてラッキーだったと思う。
総じて、化学のレベルは阪大もアメリカも変わらない、これはおそらく間違いないだろう。アクティビティーも高い。ただ一つ阪大側の参加者として残念だったのは、
プレゼンはアメリカの先生の方が断然うまい人が多かったことだ。もちろん、一概に
「日本人は…、アメリカ人は〜」とは云えないのだが、全体的に受ける印象として、阪大の先生はプレゼンでの立ち振る舞いに関して見劣りしていた。一番の大きな違いは、パソコンの前に突っ立ってニコリともせずに淡々と発表するのか、あるいは身振り手振りを加えながらステージの前の方で堂々と発表するのか、という点だ。言葉の問題は多少あるだろうが、今さらそれを言い訳にするわけにもいくまい。それに日本語だったからといって、あの先生方の印象はきっとあまり変わらなかっただろう。
"Modesty is a virtue in Japan."
ボクは速読英単語に載っていたこの例文が好きで、実際日本人としてこの心を忘れたくはないなぁと思っている。普段からやたらと自信満々、大口叩く人はボクの苦手なタイプで、冷ややかな視線を送ってしまう。
しかーし、発表の場だけは別で、自信なさげにモジモジしていると内容以前のところで非常に損をしてしまう気がする。
「人の振り見て我が振り直せ」、文句を言うのはたやすいが自分でやるのは大変なものだ。今回は、地球規模のエネルギー問題解決に向けた取り組み、プレゼンの仕方など日米の良い点・改善すべき点を比較しながら学び知るいい経験になった。
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少しだけ関連のある
いいコラム(毎日新聞)を見つけたので、リンクします。
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<おまけの写真>
(左) | 急坂の街、サンフランシスコ。車を駐める時は、滑らぬようハンドルを切りタイヤを横にする。 |
(右) | 夕暮れ時の海辺。遠くにゴールデンゲートブリッジが見える。 |
(左) | Fisherman's Wharf のレストランにて、写真を撮られていることにも気付かず、夢中でムール貝とクラブを食らう。定番のクラムチャウダーも旨かった。 |
(右) | クリスマスシーズンで、大きなツリーが飾られていた。楽しい夜だったなぁ… |
- サイトの影響力
(08.11.27)
化学に関する代表的な月刊誌のひとつに、化学同人出版の
“化学”(定価840円)がある。
僕もほぼ毎月購入するか、本屋で立ち読みしていたのだが、化学同人のホームページにいくと、ほぼ全ての記事が
ただ読みできるではないか!バックナンバーも読むことができる。因みに、同様の月刊誌“現代化学”(東京化学同人、定価800円)はネット上では目次しか見られない。まぁ当然だろう。
読者としてはありがたいが、こんなことして売り上げに影響しないのだろうか…。
そーいうことで、紹介はしたが、ここに化学同人のホームページのリンクを貼るのは憚られるのでやめておく。興味のある人だけGoogleしよう!
尤も、Migrants@GALAXYの全読者が雑誌の購入を止め、ネット上で閲覧するようになったとしても、何ら影響が出るものとは思えないのだが(-o-;)
- 格差はどこで生まれるか?
(07.12.11)
できる限り毎日、iTunesのポッド・キャストでCNN Daily Newsというのを聞くようにしている。内容はアメリカのローカルな話題から、日本のニュースでも取り上げられるようなものまで様々だ。
少し前に、日本でも比較的大きくニュースで取り上げられていたが、世界規模で高校生の学習到達度調査が行われたらしい。その結果、日本の高校生の数学的応用力は第10位まで後退した、とアナウンサーと評論家が嘆いていた。
同じニュースをCNN Daily Newsでも見た。アメリカは同部門で
24位だったらしい。さぞかしニュースキャスターは悲観的なコメントをするだろう…、と思いきや
"Forget about it. The next news is..."
と言って、
京大霊長類研究所のチンパンジーのアイちゃんの新しい実験結果を紹介し始めた!なんという切り替えの早さ(興味のなさ)、なんというニュース構成。「アメリカの高校生の数学レベルの低さを伝えた後に、頭の良いチンパンジーのニュースを流す」という構成自体が皮肉に満ちているとも悲観的とも、いゃいゃ逆に楽観的とも解釈できるが、いずれにしてもだ。こういう話題の後で、自然と興味深いサイエンスのネタを提供する効果は大きいだろう。
最近こそ
iPS細胞のことがしばしば取り上げられているが、日本のテレビ局は果たしてどれくらい科学に関する時事ネタを放送しているのだろう?アイちゃん(皇太子の娘でも、卓球少女でもなく、チンパンジーのね)のニュースはどこかで紹介されたのだろうか?
疑問は続く。なぜ日本では“教養”は文学と社会の知識が主で、運動方程式や光合成の仕組みは含まれないのか?なぜアメリカの高校生の学力レベルは低いのに、科学技術力は世界一流なのか?…
それだけが原因ではないと思うが、大学・大学院教育と、一般への科学の露出度の日米の違いについて、ふと考えてみる。
- 一日生きる事は…
(07.5.29)
先週の土曜、いま豊中の大阪大学総合学術博物館で開催中(〜5月31日)の“湯川秀樹・朝永振一郎展”を観に行ってきた。
湯川先生・朝永先生ともに京大出身だが、湯川先生の中間子論の発案は、実は先生が阪大講師であった時に行われており、
自由闊達な阪大理学部の雰囲気がノーベル賞につながる研究を生み出した。というのが、阪大の主張である\(^^:;)...
まぁ、はっきり言って湯川先生が京大であろうが、阪大であろうがどうでもよい。湯川秀樹が湯川秀樹だったからこの研究がなされた、ただそれだけである。因みに湯川先生の日記によると、中間子論の構想は、わずか4日間で完成されたらしい。しかもその間、野球の練習に熱中し、デパートに子供の靴を買いに行き、下痢ピーに悩まされたりもしていたとか…
しかし、そんなことを書いておきながら、湯川先生が阪大におられたということを聞くと何だか少し親近感を持ってしまう。そしてまた、身近なところからノーベル賞受賞者が出はしまいかと、密かな期待を抱いてしまう(笑)だって、見たことのある人がノーベル賞取ったりしたら、やっぱり嬉しいじゃん!?
例えば、審良 静夫(あきら しずお)先生。免疫学の権威で、ここ最近二年連続で「最も論文が引用されている(すなわちインパクトの大きい研究を行った)研究者」世界第一位に輝いており、ノーベル賞候補との呼び声も高い。そんな審良先生も、朝片耳のイヤホンをしながら歩いたり、大学内のレストランで昼飯を食べている姿は、いたって普通のサラリーマンという感じである。当たり前か…学者らしい昼飯の食い方なんてないもんな!
審良先生の師であり阪大前総長の岸本忠三先生も、ノーベル賞候補と言われて久しい。阪大の入学式で、バリバリ大阪弁のダミ声で祝辞を述べているのを見たとき、「ホンマにこのオッサンが、あの有名な総長かよ。」とまことに失礼ながら思ってしまったのを覚えている。
もちろん「
ひらめきはゼロから生まれるものではない。幅広い基礎をしっかり身に付け、それらを融合することで、まったく新しい世界が開けてくるのだ。」という岸本先生の言葉の方が、印象深く心に残っているけどね。
他にも何人かひょっとするとノーベル賞取れるかも!?と言われている阪大の先生がいるみたいだけど、とりあえずは免疫学を発展させてきた上の二人、審良先生と岸本先生に注目して、今年のノーベル賞発表を少しだけ楽しみに待ってみよう。
さて、題名のつづき
「一日生きる事は 一歩進む事でありたい」
湯川先生がよく使った言葉だそうである。「あー、今日も何もせずに終わっちゃった。」なんてことがないように、たとえ実験が失敗しても何か前進することがあるような毎日を送りたい。
- 専門用語
(07.5.24)
…
prof. Fuku「いゃ君さ、それは
パイパイの影響を考えないとダメだよ、
パイパイ。」
Atsuro「ハイ、わかりました。」
prof. Fuku「それと、
ホモはどうなってるの?」
Atsuro「いやぁ、
ホモは局在化してるですよね。AM1ですけど…。」
prof. Fuku「そうか、まぁ
ラジカルの方も含めてもう少し検討してみてよ。」
午前1時ですけどホモが集まっている??小学生の下ネタ話?いやいや、prof. Fukuとのディスカッション中の話。念のため断りを入れておくと、prof. Fukuはセクハラ教授でもなければ、“そっちの気”があるわけでもない。それよりむしろ、真剣なディスカッション中に「この会話、知らない人が聞いたら変に思うだろうなぁ。よし、今度ホームページに書こうっ」などと考えていた僕の方がよっぽど不謹慎である (^_^;)
上の怪しげな用語はすべて化学(科学)で使う専門用語である。いちおう意味を記すと、以下の通り↓
(といっても、一からの説明は省くが…)
パイパイ:π-π相互作用(非共有結合性相互作用の一つ)
ホモ:HOMO (最高被占軌道)
AM1:分子軌道計算法の一つ
ラジカル:不対電子をもつ分子
ラジカルという言葉は、一般的には(政治的に)過激な“要注意人物”という意味合いで使われると思うが、化学では上のようなものを指す。たぶん、由来は同じだと思うけど(↓)、どちらが語源となっているかは、よくわからない。
■ 化学でいう“ラジカル” → 通常、不安定な分子 → 反応性が高い → 制御しにくい…
ぁ、そういえば最近
律速段階という言葉が、会社などでも使われているらしいが、これは確実に化学発の用語だ。“律速段階”とは、多段階の化学反応を経るプロセスにおいて
最も反応速度の遅いステップを意味する。すなわち、系全体の反応速度が、そのステップの反応速度に依存しているということだ。(下図参照)
だから、もし上司に「どこが律速になってるの?そこを早く改善しようよ。」と言われたら、「おまえのせいで、全体が遅くなってるんだぞ。どうにかせぃ!」ということになる (x。x)゜゜
ちなみに図にも書いたように、律速段階は英語で"Rate-Determining Step"という。「律速」という聞き慣れない日本語よりは、むしろ英語の方がわかりやすいかもしれない。。。
- ポルフィリン
(07.2.24)
ちょっとだけ自慢させてもらっていいですか?いゃ、ダメと言われてもします。
僕の撮影した下の写真が日本化学会が発行する月刊誌『化学と工業 2月号』に掲載されました(^o^)
写真にある化合物はすべて
“ポルフィリン”と呼ばれるもので、右図のような骨格をもつ環状化合物です。僕はいま、このポルフィリンに関する研究をしています。初めてこの名前を聞く人も多いかと思いますが、実はポルフィリンという分子は生体内で様々なはたらきをしているのです。
一番有名な例は、我々の血液中にある“ヘモグロビン蛋白質”でしょう。ヘモグロビン蛋白質は4つの鉄ポルフィリンを含み、この鉄ポルフィリンが酸素を可逆的に脱着することで、
体中に酸素を運搬するという重要な役割を果たしているのです。ちなみに我々の
血液が赤いのは、鉄ポルフィリンの色に由来しています。
それ以外にもポルフィリン(ポルフィリン類縁体を含む)は、光合成を行う葉緑体中においては、光エネルギーを化学エネルギーへと変換する一連の過程の一端を担い、また動物の肝臓に多く含まれる酵素中においては、基質の水酸化反応を行うなど、我々の生命活動に必要不可欠な存在です。
さて話を戻すと、写真は中心金属として(左から)亜鉛・鉄・マンガンを導入した金属ポルフィリンで、金属の種類によって色は違いますが、どれも非常に鮮やかな色をしています。「
血液の赤色は鉄ポルフィリンの色に由来する」と書いておきながら、写真の鉄ポルフィリン(中央)は
橙色じゃねぇか…と疑問に思った人もいるかもしれませんが、ポルフィリンの色は金属の種類だけでなく、ポルフィリン周りの構造や環境によっても変化します。血液の赤色も、酸素が配位しているものと、そうでないものとでは少し色が異なります。時間を持て余しており且つ勇気ある諸君、今度ぜひ動脈と静脈の血液の色を見較べてくれたまへ。色の違いが明らかにわかる、はずです(笑)
- 名言をひとつ
(06.6.12)
"In order to make an apple pie from scratch, you must first create the universe."
(アップルパイを初めから作るには、まず宇宙を創らなきゃ)
これが天文学者 Carl Saganの言葉となると、妙にかっこいい。
先日、縁あって宇宙物理学や生物学など様々な分野を専攻する方達が集まって討論する会に参加した。そのとき感じたのは、本当に研究というのが多岐に渡るということ。逆に、普段私がしている研究が如何に限られたものであるかということ。
宇宙物理の研究をしている方の話によると、その世界では「水素とヘリウム以外は金属」と呼ぶそうで、化学でいう金属(たぶんこれが一般的な感覚だと思うが)を扱う私には驚きであった。
もちろん自分の研究を行う上で、全ての分野を把握しておくことなど不可能だし、その必要もないと思う。ただ、色々な方向へアンテナを張っておくことは大事で、何も知らないのと記憶の隅に留めているのとでは全然違う、気がする。生物学を専攻する方から聞いた“アストロバイオロジー”という新領域も、それからしばしば目に入ってくるようになった。
自身の研究において、目の前にある問題を解決していくためにはミクロな視点・知識が重要だけど、さらに研究を発展させていくにはマクロな視点・知識もないとダメ。おそらくフツーに大学院生やっていると、どうしても前者に偏りがちになると思うが、異分野の方達が集まる会に参加したことで、改めてミクロ/マクロな視点のバランスの大切さを認識し、専門バカにならぬように、先生に言われたことしかできないロボットくんにならぬように、そんなことを考えながら日々過ごす今日この頃であります。
- 宇宙の歩き方
(05.7.28)
漫画のように青いフロリダの空を突き抜け、本物のスペースシャトルが宇宙へ向けて飛び出した。
打ち上げの瞬間を、テレビを通じて固唾を呑んで見守った。
「あれ、なんか機体が曲がってないか?大丈夫か?」
そりゃそうだ、まずは地球を周回するのに真上に飛んでどうすんねん、と後から気付いたが、その時は解説の毛利さんの冷静さに安心しただけだった。
ひとまず(タイルが剥がれたとかいってはいるが)、現在のところは順調なようで、宇宙での任務を着実にこなして、野口さんら全員が無事に帰って来てほしい。
ところで、これをScienceのページに書いたわけだが、以前OAZO(東京駅の向かいにあるビル)内のJAXA展示場で宇宙服を見て以来、気になりつつも調べていない疑問があった。
“宇宙服は外側が真空で、内側は1気圧なのに、どうやって膨張して破裂するのを抑えているのか?”
服を何層にもして、層間の圧力を少しずつ下げているのではないかと考えていたが、調べてみると、実際はもっと明快だった。(といっても、色々な装置が付いていて、かなり複雑だが…)
すなわち、内圧を膨張し過ぎない程度(0.25気圧くらい)まで下げて、その代わり内側をほぼ酸素で満たしているらしい。
でも、地球の1/4の気圧って、やっぱりヤバいだろ…という気がしたので、因みに僕がインドで行った標高5000 mの気圧を概算してみた。
平地(0 m)を1気圧として、100 m高度が上がるごとに12 hPa気圧が下がるとすると、
12×(5000÷100)=600 hPa
なので、標高5000 mでは平地より600 hPaだけ、気圧が低い。単位換算すれば、標高5000 mの気圧は、
0.41気圧ということになる。
え〜、そんなに気圧低いの!?もちろん概算ではあるが、富士山(3776 m)で0.65気圧というデータもあるので、あながち間違いではないだろう。
逆に0.25気圧を換算すると、標高6333 mでの気圧に相当する。つまり、宇宙服を着た状態というのは、酸素マスクをして6333 mの山に登った時と同じようなものだ。やっぱりヤバいか…?いやいや、別に登山をしているわけではないので、気圧・酸素濃度という点では問題ないだろう。
問題ないに決まっている。わざわざ僕が概算なんてしなくたって、NASAをはじめ、世界の頭脳集団が歳月をかけて、念入りに準備をしているのだから。
改めて、宇宙での安全と、更なる発展を期待したい。
- 科学者たるもの
(05.5.20)
科学者は、科学者として何を追い求めるのか?“科学者としての自分”と、(目先の)利益や“組織人としての自分”との間に倫理的葛藤があったとき、どうあるべきだろうか?
阪大医学部の学生の書いた論文が捏造されたというニュースは、今日、研究室の中でも話題になった。
「あ〜ぁ、やっちまったよ。」という声が多く聞かれた。報告会が迫った先輩は「データ集まらねー!捏造しよっかな。」と言って、みんなの笑いを誘ったが、強烈な皮肉だ。
先生と学生に信頼関係はあったのだろうか。成果を出さなければならないというプレッシャーが先行し、学生を追い込んではいなかったか。真相はわからないが、色々なバックグランドが考えられ、張本人の問題だけでなく、研究グループ全体としての信用を失うことになるかもしれない。
わずか500 mしか離れていない1研究グループで、世界への情報発信ばかりに目を奪われて、科学を見ていなかったことが悲しい。同じ大学の学生として、恥ずかしく、情けない。
- Virtual synthesis
(05.2.3)
学生実験の続きとして、創成実験というのがあった。
最初に、あるターゲット分子を与えられて、あとは自分達で最適な合成ルート・実験操作・分析方法を考え、それをプレゼンして討論するというものだ。(だから実験といっても、実際に実験をするわけではない。)
で、僕ら4人が与えられたのは右の分子だ。棒線で書いた部分は炭素と水素、TMSというのはーSi(CH
3)
3というケイ素を含む構造である。
一見、単純ですぐに合成できてしまいそうだが、実際に考えてみると、これが結構ムズカシイ!
一番大変なのは、最適な合成ルートを決定するにあたって、反応ルートの収率、副生成物の有無、原料となる試薬の値段、単離操作、用いる試薬の安全性など、様々な要素を検討しながら考えなくてはならないことだ。良い合成方法を考えても、試薬の値段を調べたらメチャメチャ高かったり、本当にその反応が進行するのか、類似の反応を探して裏付けしなければならなかったりするのだ。
(因みに“Cross fire”・“Sci-finder”といった化学反応のデータベースの使用は基本的に不可で、たとえ使ったとしても簡単には検出されないように工夫されている。)
そんなわけで、この2週間弱はテスト勉強の傍ら、紙の上の小さな分子を巡り多数の文献や論文と睨めっこ、さらにはパワポの資料作りに追われた。
今日はそのプレゼンが、学生+ドクター+有機系の教官がズラリの中で行われた。色々突っ込んでくる教官もいたけど、入念に準備をして臨んだおかげで、どうにか(?)無事に終えることができた(^^)/
かなり時間かかったし苦労したけど、意外にも苦痛でなく、楽しくできた。
さあ、あとはテストに専念だーって思いきや、来週レポート出せだってさぁ(;>_<;)
- 青色LED裁判
(05.1.13)
信号機・携帯の画面など、今や至る所で使われる青色LED(Light Emitting Diode, 発光ダイオード)ーその開発者の中村修二さん(UC Santa Barbara 教授)と、日亜化学の裁判は、「8億円余りを開発者に払うことで和解」という結末となった。
どちらかというと研究者の立場に近い位置にいる僕としては、中村さんを援護したいところではあるが、判決を受けての中村さんの記者会見は、まったく落ち着きがなく、知性も感じられず、賛同できるようなものではなかった。
確かに当初、日亜化学が中村さんに対して払った報奨金(2万円)や、その後の裁判での主張は、一研究者の努力を軽視しすぎだと思う。アスパルテーム(人工甘味料)の開発を巡る裁判も然り、会社側にはもっと主開発者を評価して(お金という形で還元するしかないかな)ほしいし、契約内容を含め、これから改善すべき点はたくさんある。
しかし、しかしである。中村さんの一連の主張はよくわかるのだが、何か違和感を感じてしまう。もし中村さんと同じ立場に、小柴昌俊さんや白川英樹さんがおかれたら、どう対応しただろうか?
また田中耕一さんは、自分の開発した原理(MALDI)を利用した質量分析装置に見返りを求めて争ったりはしなかったじゃないか(尤も、ノーベル賞受賞後は周りから持ち上げられたようだが)。
中村さんが裁判を起こしたこと自体に反対する気はないし、企業の中に埋もれていた研究者の成果を、もっと認めてもらおうとした点では大きな影響を与える行動だったと思う。だがその争う態度、8億円余りを受け取ってもなお怒り心頭に発し“完全な敗北”と唱える態度に引いてしまったのは、お淑やかすぎる発想なのか??
何はともあれ、かなり後味の悪い結末であったことは、間違いあるまい。
- 車輪動物
(04.11.8)
先日、九州に自転車旅行に行って来た。普段は歩いて旅する僕にとって、長い距離を移動することは、また新鮮な楽しさだった。
それにしても自転車というのは非常によくできた乗り物で、少しの力で歩きの何倍もの距離を進むことができる。ペダルを漕ぐ力を車輪の推進力に変える効率はかなり高いのだ。
だとするならば、なぜ地球上には車輪を持った生物がほとんどおらず、何本かの足を動かして進む形態をとっているのか?自動車やバイクはエンジンを使うので考えないとしても、自転車と同じような構造を持った生物がいれば、実に効率よく、早く走れるではないか!!
この答え(有力な仮説)は、本川達雄著『ゾウの時間ネズミの時間』(中公新書)に記してある。非常におもしろい話題がたくさん載っているので是非とも読んでもらいたいが、このトピックの記述について簡単にまとめると、
- 地球表面は、ほとんどの生物にとってデコボコである。
自転車で大きな段差を越えることができないように、地球表面というのはヒトが平らだと思っている所でも、小さい生物にとっては案外凸凹がある。従って車輪で動くと、行動範囲をかなり狭めることになる。
- 車輪では小回りがきかない。
足を動かせば、その場でターンしたり方向を変えることは容易であるが、車輪の場合だといくらかのスペースが必要になる。このことも車輪で動く範囲に大きな制限がかかることを意味する。
つまり、生物は生き延びるための戦略として、速さよりももっと大事な活動範囲の広さ・自由さを選んだというわけだ。なるほど、地上を車輪で走る生物が見つかっていない以上、たしかに納得のいく説明だ。
しかし、生物というのは実に多様なものであるし、生息地域に特化した機能を持つものだっている。それなら、地球上のどこかで走る速さを最優先するような条件が揃っていて、そこには車輪を付けて走る生物がいるかもしれない。人間が今までに発見した生物はまだごく一部であろうから、これから先、車輪を付けた生物の様に今までの理解を覆すような生物が見つかるかもしれないですね。
- 包接化合物
(04.7.1)
包接化合物というとあまり耳にしないかもしれないが、包接化合物の代表例であるシクロデキストリンは色々な所で使われている。
たとえば、練りわさび。擦りたてのわさびの香りをできるだけ保つため、シクロデキストリンが活躍する。シクロデキストリンはバケツ様構造をしており、いわばそのバケツの中ににおい分子を取り込むのだ。このシクロデキストリンとにおい分子のような関係は一般に、ホストとゲスト(生物の酵素と基質の関係も同じだ!)と呼ばれる。
シクロデキストリンは糖が連なって環状になっただけなので、人体に害もない。これらの特徴を生かして、シクロデキストリンは、上記のように食品にはもちろんのこと、化粧品や建材にも含まれる。さらにゲスト分子が取り込まれることで、反応の位置選択制を高めたり、特異的認識をしたりするという研究も行われている。
シクロデキストリンをはじめ、包接化合物は今日でも注目の的だ。非共有結合により結合した分子の化学、超分子化学(Supramolecular chemistry)の一分野として、盛んに研究がなされている。
- 電気化学
(04.6.16)
高速道路のトンネル内の電灯や、トイレのタイルなどに隠された秘密を知っているだろうか?実はあの電灯、ほとんど掃除しなくてもよい。秘密はガラス表面に含まれた酸化チタン(TiO2)だ。
酸化チタンはよく知られた半導体で半導体光触媒としてはたらき、光が照射されると、荷電子帯の電子が伝導帯のエネルギー準位に励起される。励起された電子はO2などの空のエネルギー準位に流れ、それを還元する。また、電子が励起されてできたホールには、有機物などの電子が流れ込む。つまり、有機物は酸化される。酸化チタンのホールは約3V vs NHEの電位にあり、非常に高い酸化力を有しているので、たいていの有機物は酸化され、CO2まで分解されてしまうのだ。高速道路の電灯に汚れが付着すると、照明の光によって酸化チタンがその汚れを分解するという寸法だ。
半導体光触媒は孤立した半導体を溶液に浸けた場合を考えたものだが、その前提となる半導体電極への光照射の効果(光エネルギーによって、水の電気分解と発電が同時に起こる現象)は、東大の本多教授と藤嶋教授が酸化チタンを用いて実証し、本多・藤嶋効果と呼ばれる。これらの業績で東大の藤嶋昭名誉教授は、ノーベル賞受賞の呼び声も高い。
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